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「鳩山おろし」の版間の差分

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== 経緯 ==
== 経緯 ==
=== 背景 ===
{{和暦|2009}}末ごろから低迷しはじめた[[内閣支持率]]は{{和暦|2010}}5月末の時点でついに20%を切ってしまった。原因としては、[[小沢一郎]]幹事長の不正蓄財疑惑と鳩山自身の脱税問題に加えて、「最低でも県外移設」と豪語してきた[[普天間基地代替施設移設問題|普天間基地移設]]の公約を守れず、最後まで閣僚署名を拒んだ社民党代表の[[福島瑞穂]]少子化担当大臣を罷免したことが挙げられる。特に、鳩山に対しては、[[世論調査]]や野党からのみならず、脱税問題に関する責任の取り方があまりにも無責任なことや、一連の発言であらわれた防衛問題に対する不見識などが災いして、「1秒でも早く辞任するべき」などといったかたちで風当りが極めて厳しくなった。このころから、党内の議員、特に、[[第22回参議院議員通常選挙|2010年参院選]]で改選をむかえる参議院議員の間で「鳩山総理では参院選を戦えない」という声が強くささやかれるようになり、くすぶっていた党内における倒閣運動が顕在化しはじめた<ref>{{Cite news|url=http://www.nikkei.com/news/latest/article/g=96958A9C9C81E2E2E3E2E2E3E28DE2E3E2E4E0E2E3E2E2E2E2E2E2E2|title=首相、小沢氏と再会談へ 1日夕にも進退含め協議 続投へ意欲|newspaper=[[日本経済新聞]]|date=2010-06-01|accessdate=2010-06-01
[[2009年]]9月、70%近い[[内閣支持率]]で船出した鳩山内閣であったが、首相の脱税問題や[[小沢一郎]]民主党幹事長の不正蓄財疑惑、[[普天間基地代替施設移設問題|普天間基地移設問題]]での閣内不一致などによる迷走で、{{和暦|2010}}5月頃には20%を切ってしまい、[[第22回参議院議員通常選挙|7月の参院選]]で改選を控える議員を中心に、「鳩山総理では参院選を戦えない」などと、執行部を批判する動きが起こった。

[[5月28日]]、基地の県外移設が見送られることに反発した[[福島瑞穂]]少子化担当大臣(社民党党首)は合意書への署名を拒否、大臣を罷免された。[[5月30日|30日]]、社民党は連立離脱を決定し、民主党内で倒閣運動が顕在化しはじめた<ref>{{Cite news|url=http://www.nikkei.com/news/latest/article/g=96958A9C9C81E2E2E3E2E2E3E28DE2E3E2E4E0E2E3E2E2E2E2E2E2E2|title=首相、小沢氏と再会談へ 1日夕にも進退含め協議 続投へ意欲|newspaper=[[日本経済新聞]]|date=2010-06-01|accessdate=2010-06-01
}}</ref><ref>{{Cite news|url=http://www.kahoku.co.jp/shasetsu/2010/05/20100531s02.htm|title=社民党連立離脱/危機にひんする鳩山政権|work=社説|newspaper=[[河北新報]]|date=2010-05-31|accessdate=2010-06-01}}</ref>。
}}</ref><ref>{{Cite news|url=http://www.kahoku.co.jp/shasetsu/2010/05/20100531s02.htm|title=社民党連立離脱/危機にひんする鳩山政権|work=社説|newspaper=[[河北新報]]|date=2010-05-31|accessdate=2010-06-01}}</ref>。


=== 突然の辞任 ===
6月1日夜には、国会で、鳩山、小沢、[[輿石東]]参院議員会長の会談がおこなわれ、民主党側はきびしい現状をつたえたが、鳩山は続投に意欲をしめした(松野頼久官房副長官)と報道されたほか、鳩山が退室する際に親指をたてたことが党内外で憶測をよんだ<ref>{{Cite news|author=中村篤志|coauthors=鈴木直|url=http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100602ddm001010002000c.html|title=鳩山首相:続投姿勢崩さず 30分の会談後--小沢氏沈黙、首相は親指立て|newspaper=[[毎日新聞]]|date=2010-06-02|accessdate=2010-06-02}}</ref>。首相秘書官の1人は「やめる気がないということだ。ちゃめっ気だ」と解説したが、あまりにも不遜な態度だとして続投に理解をしめしていた衆議院がわからもいかりと反発をかい鳩山の運命は暗転した。翌2日早朝、鳩山は小沢から電話で「両院議員総会で代表解任動議をだせばとおってしまうよ」といわれ辞任をうながされた<ref>{{Cite news|url=http://www.jiji.com/jc/zc?k=201006/2010060201012|title=「解任動議通る」早朝電話で引導=自信の親指立てで情勢一変-小沢氏|newspaper=[[時事通信社|時事通信]]|date=2010-06-03|accessdate=2010-07-01}}</ref>。ついに、両院議員総会でみずから辞任を表明した<ref>{{Cite news|url=http://www.47news.jp/CN/201006/CN2010060201000129.html|title=鳩山首相退陣、小沢幹事長も辞任 普天間、政治資金で引責|newspaper=[[共同通信社|共同通信]]|date=2010-06-02|accessdate=2010-06-02
[[5月31日]]昼過ぎ、鳩山、小沢、[[輿石東]]参院議員会長が会談が開かれ、鳩山は二人に辞意を伝えた。この際鳩山は小沢にも幹事長辞任を求めた。この会談は5分程度であったため、報道では「今後の政権運営の確認」と伝えられた。

[[6月1日]]夜には三人が国会内で再び会談。鳩山が再び小沢に辞任を求め、小沢も承諾。鳩山が退室する際に親指をたてる仕種をしたことなどから、「鳩山が小沢、輿石の辞任要求を拒否した」と報道された<ref>{{Cite news|author=中村篤志|coauthors=鈴木直|url=http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100602ddm001010002000c.html|title=鳩山首相:続投姿勢崩さず 30分の会談後--小沢氏沈黙、首相は親指立て|newspaper=[[毎日新聞]]|date=2010-06-02|accessdate=2010-06-02}}</ref>。

翌2日、緊急の両院議員総会が開催。鳩山がみずから辞任を表明した<ref>{{Cite news|url=http://www.47news.jp/CN/201006/CN2010060201000129.html|title=鳩山首相退陣、小沢幹事長も辞任 普天間、政治資金で引責|newspaper=[[共同通信社|共同通信]]|date=2010-06-02|accessdate=2010-06-02
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辞任に伴う記者会見は行われなかった。


==脚注==
==脚注==

2010年7月4日 (日) 07:37時点における版

鳩山おろし(はとやまおろし)とは2010年(平成22年)に起こった主として民主党内における鳩山由紀夫内閣総理大臣への退陣要求。

経緯

背景

2009年9月、70%近い内閣支持率で船出した鳩山内閣であったが、首相の脱税問題や小沢一郎民主党幹事長の不正蓄財疑惑、普天間基地移設問題での閣内不一致などによる迷走で、2010年(平成22年)5月頃には20%を切ってしまい、7月の参院選で改選を控える議員を中心に、「鳩山総理では参院選を戦えない」などと、執行部を批判する動きが起こった。

5月28日、基地の県外移設が見送られることに反発した福島瑞穂少子化担当大臣(社民党党首)は合意書への署名を拒否、大臣を罷免された。30日、社民党は連立離脱を決定し、民主党内で倒閣運動が顕在化しはじめた[1][2]

突然の辞任

5月31日昼過ぎ、鳩山、小沢、輿石東参院議員会長が会談が開かれ、鳩山は二人に辞意を伝えた。この際鳩山は小沢にも幹事長辞任を求めた。この会談は5分程度であったため、報道では「今後の政権運営の確認」と伝えられた。

6月1日夜には三人が国会内で再び会談。鳩山が再び小沢に辞任を求め、小沢も承諾。鳩山が退室する際に親指をたてる仕種をしたことなどから、「鳩山が小沢、輿石の辞任要求を拒否した」と報道された[3]

翌2日、緊急の両院議員総会が開催。鳩山がみずから辞任を表明した[4]

辞任に伴う記者会見は行われなかった。

脚注

  1. ^ “首相、小沢氏と再会談へ 1日夕にも進退含め協議 続投へ意欲”. 日本経済新聞. (2010年6月1日). http://www.nikkei.com/news/latest/article/g=96958A9C9C81E2E2E3E2E2E3E28DE2E3E2E4E0E2E3E2E2E2E2E2E2E2 2010年6月1日閲覧。 
  2. ^ “社民党連立離脱/危機にひんする鳩山政権”. 河北新報. (2010年5月31日). http://www.kahoku.co.jp/shasetsu/2010/05/20100531s02.htm 2010年6月1日閲覧。 
  3. ^ 中村篤志; 鈴木直 (2010年6月2日). “鳩山首相:続投姿勢崩さず 30分の会談後--小沢氏沈黙、首相は親指立て”. 毎日新聞. http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100602ddm001010002000c.html 2010年6月2日閲覧。 
  4. ^ “鳩山首相退陣、小沢幹事長も辞任 普天間、政治資金で引責”. 共同通信. (2010年6月2日). http://www.47news.jp/CN/201006/CN2010060201000129.html 2010年6月2日閲覧。 

関連項目