アメリカ合衆国上院とは、アメリカ合衆国の議会である。
アメリカ合衆国下院とともにアメリカの立法府として機能している。
名称
正式名称はUnited States Senate。略称はSenate(セネート)。
Senateは古代ローマの Senatus(元老院)が語源である[1]。
定数は必ず偶数になる
各州から2名ずつを選出することになっている。現在の米国は50州なので、定数は100人である。
定数が偶数であるため、50対50といった具合に賛否が拮抗する可能性がある。そうなった場合のみ、副大統領がやってきて、大統領に味方する政党に1票を投じて決着を付ける。副大統領は上院議長を兼任しているので、そういう方法をとることができる。
ゆえに、大統領に味方する政党は上院選で議席50を確保すれば勝利したことになる。
大統領に敵対する政党は、上院選で議席51を確保して初めて勝利したことになる。
州の代表なので、1票の格差が絶大
アメリカ合衆国上院は州の代表として位置づけられており、各州から2名ずつを選出する。人口の多い州も人口の少ない州も同じく2名ずつを選出するので、1票の格差が強烈である。最も1票に重みがあるアラスカ州と、最も1票が軽いカリフォルニア州を比べると格差は66.0倍になる。
州に属していない地域は、上院議員を選出できない
アメリカ合衆国には、どこの州にも属していない地域が6つある。首都のワシントンD.C.、米領サモア、グアム、北マリアナ諸島、米領ヴァージン諸島、プエルトリコである。これらの6地域を代表する上院議員は存在しない。これらの6地域の住民は、上院議員を選ぶ選挙に参加できない。
なぜかというと、アメリカ合衆国憲法第3条第1項で「上院議員は各州から2名ずつ選出される」と規定されているからである。
任期は6年
任期は6年。下院議員の任期2年に比べると、かなり余裕がある。
解散がない
アメリカ合衆国上院には、日本の衆議院で頻繁に見られる解散がない。
選挙の日程
西暦偶数年の11月第1月曜日の属する週の火曜日に行われる。11月2日~8日のうちのどれかになる。これを米国では選挙の日(Election Day)と呼ぶ。
西暦が4の倍数の年(夏季オリンピックが行われる年)の上院選挙は、アメリカ合衆国大統領選挙と同時に行われる。西暦が4の倍数でない偶数年(冬季オリンピックが行われる年)の上院選挙は、アメリカ合衆国中間選挙と呼ばれる。
2年ごとに行われる上院選挙では、定数100人の3分の1、つまり33~34議席が改選される。
1つの州から2名ずつ上院に代表者を出すが、その2名が同時に改選されることはない。このため、米国内のA州に住んでいる人にとって、6年間の中で3回の上院選挙があり、3回のうち2回は自分の住んでいるA州の上院選挙があって、3回のうち1回は上院選挙無し、となる。
副大統領が上院議長になる
副大統領が上院議長を兼任する。
副大統領兼上院議長は、上院で議論に参加することができない。しかし、上院の賛否が50対50で拮抗したときのみ、副大統領兼上院議長が上院で1票を投じて決着を付ける。これを議長決裁という。決裁の時に投じられる票をタイブレーキングボート(tie-breaking vote 均衡打破票)という[2]。
1960年代まで副大統領は上院にいて議事進行などの仕事をしていたが、現代の副大統領はほとんど上院におらず、ホワイトハウスに出かけて閣議に出席したり、外国に出かけて外交したりと、上院の外に出かけることが非常に多くなった。
最古参の長老議員が上院仮議長になる
副大統領兼上院議長がしょっちゅうどこかに出かけているので、上院仮議長が立てられることになった。この上院仮議長が事実上の上院議長となる。
上院仮議長は大統領継承順位が3番目で、なかなか格調が高い。ちなみに大統領継承順位の1番目は副大統領兼上院議長、2番目は下院議長、3番目が上院仮議長。1~3番を議会関係者が占めている。4番目に国務長官、5番目に財務長官、6番目に国防長官と続く。4番手以降にやっと行政機関の人が並ぶ。
上院の多数を占める政党の中の、最も当選回数が多い老人議員が自動的に就任する慣習になっている。
しかし、そういう老人議員は大ベテランなので、どこかの委員会の委員長を務めていることが多く、まことに多忙なので、議事進行の面倒な仕事をやっていられないことが多い。
上院仮議長代行が議事の進行を務める
忙しい老人議員は、議事進行の面倒くさいことをやっている暇がない。
そのため、上院の世界に入ったばかりのケツの青い新人議員に、議事進行の仕事をやらせる。これが、上院仮議長代行である。この上院仮議長代行が実際の上院議長となり、いつも議長席に座っている。
上院仮議長代行の代理が議事の進行を務める
上院仮議長代行は、議事進行の仕事を誰かに押しつけたいと思うことがある。
そういうときは、上院仮議長代行が誰かを指名して、「上院仮議長代行の代理」として議事進行を務める。
上院院内総務は、上院の中で政党の動きをとりまとめる立場の人であり、2人存在する。
共和党の上院院内総務と、民主党の上院院内総務の2人は上院の中の最重要人物で、政党の動きをまとめ、反対する政党の議員たちに切り崩し工作を仕掛けるなど大活躍をする。このため院内総務の名前がマスメディアに出てくることが多い。
院内総務と漢字四文字で重々しく翻訳しているが、英語ではLeaderと簡易な言葉で表現されている。
立法権の半分を持つ
アメリカ合衆国下院と立法権を半分に分けあっており、法案や予算案の成立には上院の可決が欠かせない。
日本は衆議院の優越が憲法で定められていて、衆院で可決した法案が参院で否決されても、衆院の3分の2の賛成で再可決すれば法案が成立する。また、予算案が衆院で可決して参院で否決されたら、衆院の予算案がそのまま成立する。
アメリカにおいてはそういったことができない。法案も予算案も、上下院両方で可決しないといけない。
法案・予算案について、上院が優越しているわけでもなく下院が優越しているわけでもない。両院は全くの対等とされている。
法案が法律になるまでの流れ
アメリカ合衆国において、政府が法案を提出することは禁じられている。全ての法案は上院議員かまたは下院議員によって起草されねばならない。つまり、法案の100%が議員立法である。
ちなみに、日本においては政府すなわち内閣が法案を提出することが多く、議員が法案を提出する議員立法は非常に少ない。
法案は上院かまたは下院に提出される。片方の院の小委員会と委員会と本会議で採決して過半数の賛成を得て可決されたら、もう片方の院へ法案を送付する。もう片方の院の本会議で採決して過半数の賛成を得て可決したら、大統領に法案を送付する。
大統領は法案に署名して法律を成立させるか、拒否権(veto)を行使して法案を議会に突き返すかのどちらかを選ぶことができる。
大統領が拒否権を行使した法案を法律にするには、上院と下院の両方でどちらも3分の2以上の賛成を得なければならない。現実には上下院の両方で3分の2の賛成を得るのは難しく、大統領が拒否権を行使した法案が上下両院の3分の2の賛成で法律になったケースは10%を下回っている。
※この項の資料・・・記事1、記事2
予算先議権がない
予算に関して、下院が先に審議を始める先議権を持っている。上院は後である。
人事案の承認をする
アメリカ合衆国上院には、大統領の提示する人事案について助言と承認を行う権限がある。この権限は非常に重大で、特にアメリカ合衆国連邦最高裁判所の判事を承認することで、アメリカ合衆国の政治的風潮を数十年決定づけることもある。
上院が関わるなかで最も注目される重大な人事はアメリカ合衆国連邦最高裁判所の判事であるが、その他にも広範な範囲の人事に関して上院が承認を行う。各国へ派遣する大使や国連大使、行政府の長官、軍隊の将軍など。
セクハラをしたとか資質が疑わしいとか、そういう理由を見繕って吊し上げをしている光景が流れたら、それは上院の風景なのであり、下院の風景なのではない。
この人事権があるので、上院こそがアメリカ政治の精髄という印象を与える。
上院における人事案の承認に必要なのは、過半数の賛成である。
条約の承認をする
行政府の長である大統領が外交して、外国と条約を結んでくることがある。それに対して上院が3分の2の賛成を得て承認を与えない限り、条約は発効しない。
アメリカは行政府と立法府がはっきり分かれている国で、選挙の結果によっては大統領と議会が対立する。大統領が結んだ条約を上院が否認して、大統領に大恥をかかせることがある。
1996年にクリントン大統領が包括的核実験禁止条約(CTBT)に署名したが、共和党が多数を占める上院が批准を拒否した。
文官の弾劾の裁判をする
文官を弾劾して失職させる権限を半分ほど持っている。文官には大統領や最高裁判事も含まれる。
文官を弾劾するには、下院で過半数の賛成を得て弾劾の訴追をしてから、上院が弾劾裁判を行う。弾劾裁判で有罪判決を下すには上院の裁判出席者の3分の2の賛成が必要で、かなりハードルが高い。
大統領と弾劾
リチャード・ニクソン大統領は下院の司法委員会で弾劾訴追の勧告を受け、下院で訴追されそうになり、訴追の決議が始まる直前に辞職した。
アンドリュー・ジョンソン大統領とビル・クリントン大統領とドナルド・トランプ大統領は下院で訴追されて、上院で弾劾裁判にかけられたが、無罪判決が出ている。
最高裁判事と弾劾
1796年に最高裁判事になったサミュエル・チェイスは下院で弾劾の訴追を受け、上院で弾劾裁判にかけられたが、無罪判決となった。これは最高裁判事が議会で弾劾裁判にかけられた史上唯一の例である。
この事件の後、「最高裁判事は、犯罪を犯したわけでもないのなら、弾劾の手続きをすべきでない」という不文律が広まることになった。
上院議員は下院議員に対して政治家としての格がすこし高い、というのが定説であろう。
大統領選挙に出馬するのは、たいてい、上院議員か州知事である。下院議員が大統領選挙に出てくることはほとんど見られない。
下院議員は地元への利益誘導に励むだけで、広い視野を持って軍事・外交を考える経験が足りない。一方で上院議員は、大統領が国際条約を結ぶたびに条約の批准に関する議論に参加する必要があり、広い視野を持って軍事・外交を考える経験が十分に蓄積されている。このように見られているのが実情と言える。
上院に限らず下院でもそうなのだが、アメリカ合衆国の議会では党議拘束がない。
このため採決に際して敵対政党の議員のもとへにじり寄り、相手の心の弱みにつけ込んで巧みに説得し、まんまと寝返らせる光景が数多く見られる。
狙われるのは激戦の選挙区を勝ち上がってきた議員である。共和党支持者にも民主党支持者にもいい顔をしなければならない苦しい立場の人が、敵対政党の議員に「君は選挙でいつもつらい思いをしてるそうじゃないか・・・僕らの主張に賛成すれば、支持者が増えて、次の選挙で楽になれるぞ。選挙に負けて路頭に迷いたくないだろう?」と耳元でささやかれ、はっと息を飲み額に汗を流し、気持ちをぐらつかせて造反へ一歩を踏み出すのである。
また、「リベラル思想を持つ共和党員」や「保守思想を持つ民主党員」は珍しくもなんともない。リベラル思想を持った人が共和党の牙城である「赤い州」で出世したいと思ったらリベラル思想を抱えつつ共和党に所属することになるし、保守思想を持った人が民主党の金城湯池である「青い州」で出世したいと思ったら保守思想を抱えつつ民主党に所属することになる。そういう議員は自ら進んで造反することもある。
上院は定数僅か100人なので、寝返りが起こったときによく目立つ。
2018年秋に連邦最高裁判所判事に指名されたブレット・カヴァノーの上院承認動議においては、民主党から1人の造反者が出て賛成票を投じ、共和党からも1人の造反者が出て反対票を投じた。
所属する政党における多勢に反した投票のことは、日本では造反票といわれるが、米国ではクロスボーティング(cross voting)という[3]。クロスボーティングのことを交差投票と翻訳することもある。
政治用語 DINOとRINO
米国の政治用語にDINOやRINOというものがある。
民主党に所属しているのに共和党に同調する動きをする議員は、民主党支持者からDINO(ダイノ Democrat in name only 名ばかり民主党議員)と呼ばれることがある。
共和党に所属しているのに民主党に同調する動きをする議員は、共和党支持者からRINO(ライノ Republican in name only 名ばかり共和党議員)と呼ばれることがある。
DINOは「ディノ」ではなく「ダイノ」と読む(動画)。RINOも同じように「ライノ」と読む(動画)。
DINOという文字列を見てアメリカ人が連想するのは恐竜(dinosaur ダイナソー)である(画像検索結果)。
RINOという文字列を見てアメリカ人が連想するのはRHINOという文字列である。RHINOはライノと読み、サイを意味する言葉である。
米国の上院では、少数派によるフィリバスター(議事妨害)というものが認められている。それに対して多数派によるクローチャー(討論打ち切り動議)がどのように行われるかが常に話題となる。
概要
フィリバスター(議事妨害)とは、長時間の演説をするなどして時間を稼いで法案の審議を妨害することである。
米国の議会では、法案の審議中に会期末を迎えたらその法案が廃案になる。上院において法案が審議されたら、その法案に反対する少数派がフィリバスターをして時間稼ぎをして法案審議を妨害することができる。日本における牛歩戦術と同じような行為である。
上院においては、「議員がいったん登壇したら、その議員の体力が続く限り何時間でも喋ってよい」という気風がある。この気風に乗る形で発達した議事妨害がフィリバスターである。
1975年の規則改正により、フィリバスターを宣言するだけで時間稼ぎすることができるようになり、実際に長々と演説する議員の姿があまり見られなくなった。とはいえ、たまに長時間演説をしてフィリバスターをする議員が現れる[4]。
フィリバスターが認められているのは上院であり、下院では認められていない。下院の定数は435で上院よりも4.35倍の数の議員を抱えているので、一人一人の議員にフィリバスターを認めたら「決められない政治」になる危険が高い。
上院規則第22条に基づくクローチャー
上院の定数は100であり、その60%の60議席を確保していれば、フィリバスターをやめさせるクローチャー(Cloture 討論打ち切り動議)を確実に行うことができる[5]。
ゆえに米国上院では、政党Aが60議席以上を確保して政党Bが40議席以下の確保にとどまったなら、政党Aはフィリバスターに悩まされず安定的に議事を運営できる。
米国上院では、大統領が属する政党なら50議席を確保すれば過半数を確保できるし、大統領が属さない政党なら51議席を確保すれば過半数を確保できる。しかし、そうした状態ではフィリバスターをやめさせることができず、議事の運営が不安定になる。
「上院議員の60%以上の賛成でクローチャー(討論打ち切り動議)を行うことができる」という規則は上院規則第22条によるものである。さらには「上院規則を修正するには出席する上院議員の2/3以上の賛成が必要である」という規則も上院規則第22条で定められている。上院の過半数~59%を確保しているだけの勢力にとって、上院規則第22条は大きな壁になる。
上院規則第22条に基づかないクローチャー(ニュークリアオプション)
「上院議員の60%以上の賛成でクローチャー(討論打ち切り動議)を行うことができる」という規則は上院規則第22条によるもので、憲法で定められたものではない。
そのため上院規則第22条を無視して、憲法に基づいて、「上院議員の過半数の賛成でクローチャー(討論打ち切り動議)を行うことができる」という判断をすることがあり、実際に上院議員の過半数の賛成でクローチャーを行うことがある。
これは上院規則を破るもので、慣習を無視するもので、やや過激な行動と言える。このため過半数によるクローチャーをニュークリアオプション(Nuclear option 核の選択)という物騒な言葉で表現することがある。
2005年になってアメリカ合衆国最高裁判所において1人の裁判官が退職の意向を示し、1名の裁判官が他界した[6]。そのため共和党に所属するジョージ・W・ブッシュ大統領は、保守的な思想を持つ2人の最高裁判事候補を指名し、上院が審議することになった。このとき少数派の民主党がフィリバスターを使って抵抗したので、共和党の議員が「ニュークリアオプションを使う」と警告した。最終的には民主党7人共和党7人の「14人のギャング」が「ニュークリアオプションを使わせない。しかしフィリバスターもさせない」と言い[7]、ニュークリアオプションが発動されず、共和党好みの保守系の最高裁判事が2人とも承認された[8]。
2013年11月21日に民主党の院内総務が「『最高裁判事以外の全ての人事案に関する審議』に対し、ニュークリアオプションを使ってクローチャーを行う」と宣言した。この当時は、民主党に所属するバラク・オバマ大統領の指名する人事案に対して、上院で47議席を確保する共和党がフィリバスターを繰り返して徹底的に抵抗しており、「決められない政治」になって政治が停滞していた。その停滞を打破するため、当時の上院で53議席ほどを確保していた民主党の上院院内総務がニュークリアオプションの使用を宣言したのである。一方で、上院規則第22条はそのままの状態とされた[9]。
2016年2月13日にアントン・スカリア最高裁判事が他界し、2016年3月16日に民主党所属のバラク・オバマ大統領がメリック・ガーランドを後任に指名したが、上院で56議席近くを持ち過半数を占める共和党はひたすら反対した。そして2017年1月31日になって共和党所属のドナルド・トランプ大統領がニール・ゴーサッチを後任に指名したが、上院で48議席近くを持つ民主党はフィリバスターをして抵抗した。このため2017年4月6日に共和党の院内総務が「『最高裁判事を含む全ての人事案に関する審議』に対し、ニュークリアオプションを使ってクローチャーを行う」と宣言し、その翌日にニール・ゴーサッチが承認された。やはり上院規則第22条はそのままの状態とされた。
以上のように、2022年5月の時点で、上院における人事案の審議にはニュークリアオプションが適用されることになっており、フィリバスターをすることが不可能になっている。
上院規則第22条に基づくクローチャーや「上院規則第22条に基づかないクローチャー(ニュークリアオプション)」の長所と短所
「上院規則第22条に基づくクローチャー」の長所というと、賛否が拮抗する法案を僅差で無理矢理可決することが難しくなることである。上院議員が100人いる場合でフィリバスターを防ぐためには、そのうちの60人が賛成するような法案にする必要があり、民主党支持者や共和党支持者の両方がある程度納得できる法案にする必要がある。民主党議員と共和党議員がよく話し合う雰囲気になり、合意形成を重んじる雰囲気になり、党派主義(partisanship パーティザンシップ)とか党派政治(partisan politics パーティザン・ポリティクス)が薄れ、国家の分裂・亀裂・分断を防ぐことが期待できる。
「上院規則第22条に基づくクローチャー」の短所というと、合意形成に時間が掛かるようになり、「決められない政治」になりやすく、政治の停滞が起こりやすいところである。
一方で「上院規則第22条に基づかないクローチャー(ニュークリアオプション)」の長所と短所は全く逆となる。長所は「決められない政治」を回避できるところである。短所は合意形成を軽んずる雰囲気になり、党派主義・党派政治が濃厚な政治になり、国家の分裂・亀裂・分断が発生しやすくなるところである。
以上のことをまとめると次のようになる。
上院規則第22条に基づくクローチャー | 上院規則第22条に基づかないクローチャー(ニュークリアオプション) | |
法案審議の様子 | 上院議員100人がいる場合、60人の賛成を得るまで話し合いをする。それを下回る賛成しか得られないのなら「少数派によるフィリバスター」が発生して法案が廃案になりやすい。 | 上院議員100人がいる場合、大統領所属政党なら50人、大統領が所属しない政党なら51人の賛成を得るまで話し合いをするだけでよい。「少数派によるフィリバスター」が根絶される。 |
長所 | 合意形成を重んじる雰囲気になり、党派主義・党派政治が薄い政治になり、国家の分裂・亀裂・分断が発生しにくくなる。 | 「決められない政治」になりにくく、政治の停滞が起こりにくい。 |
短所 | 「決められない政治」になりやすく、政治の停滞が起こりやすい。 | 合意形成を軽んじる雰囲気になり、党派主義・党派政治が濃い政治になり、国家の分裂・亀裂・分断が発生しやすくなる。 |
フィリバスターの語源
フィリバスター(filibuster)は英語であるが、海賊を意味するオランダ語のvrijbuiterを輸入した言葉である[10]。
19世紀の中ごろ、中南米において現地人を煽動したり組織化したりして軍事的な勢力を築き上げる米国人が多く存在した。そうした人たちはフィリバスターと呼ばれた。
フィリバスターの歴史
米国が建国されたのは1776年であるが、この当時の米国の議会において、トマス・ジェファーソンが作成した議事規則集で議事妨害が禁じられていた。それに合わせて上院と下院の両方で討論打ち切り動議に関する規則が整備されていた。
19世紀初頭の1806年になると上院で討論打ち切り動議に関する規則が削除され、上院において議事妨害をすることが解禁された。そして上院で議事妨害が盛んになりはじめたのは19世紀末から20世紀初頭のことである。
1939年に公開された『スミス都に行く』という映画は、田舎のボーイスカウトのリーダーだった主人公がひょんなことから上院議員になるという筋書きだが、ラストシーンは主人公が上院で長々と演説してフィリバスター(議事妨害)をするものとなっている。
こうした議事妨害は、議員が体力を振り絞って演説を続けるものであって、見る人を感嘆させるものであり、好意的に受け取る人もいた。とはいえ、議事妨害で「決められない政治」になることを問題視する人もいた。また、演説といっても米国憲法を朗読したり歌詞や料理レシピを朗読したりする無内容なものもあり[11]、そうした行為を問題視する人もいた。
第一次世界大戦の真っ最中の1917年になって、「上院において出席者の3分の2の賛成があれば討論打ち切り動議を出すことができる」という規則が導入された。ただし、上院で出席者の3分の2の賛成を得ることはかなり難しく、議事妨害を阻止しきれなかった。このため1975年になって「上院において議員の60%の賛成があれば討論打ち切り動議を出すことができる」という規則が導入され、2022年現在に至っている[12]。
1975年の規則改正の時には、「上院でフィリバスターを宣言すれば、実際に長々と演説しなくてもよい」といった内容の規則になり、議員が体力の限界まで演説を続けるという情景があまり見られなくなっている。ちなみにフィリバスターを宣言するだけで実際の演説をしないことをステルス・フィリバスター(stealth filibuster)という。
※この項の資料・・・「国際秩序の動揺と米国のグローバル・リーダーシップの行方」 (公益財団法人日本国際問題研究所 令和3年度米国研究会)における第8章「バイデン政権とアメリカ議会:拮抗する上院でいかにフィリバスターを回避するか」梅川健の62~63ページ。
上院で法案などを審議するとき、それに反対する少数派はフィリバスターをすることができるが、いくつかの例外がある。
予算案と財政調整法案
上院で予算案を審議するときは1974年議会予算・執行留保統制法によって審議時間が50時間に制限され、上院で財政調整法案を審議するときは同じ法律によって審議時間が20時間に制限される。
財政調整法案というのは、予算を決議した後に出される財政調整指示によって作成される法案である。予算を決議すると、その決議が既存法律と一致しないことが発生する。その不一致を解消するために財政調整指示が議会の各委員会に対して出され、各委員会が法律の修正案を出す。法律の修正案をまとめたものが財政調整法案と呼ばれるものである。
財政調整法案は1会計年度に1つ程度しか提出されない法案であり、政権の目玉法案となることが多い[13]。
要するに、お金の支出が絡んだ法律のうち財政調整法案にした法案は、フィリバスターに悩まされずに過半数の賛成で上院を通過させることができる。
一方で、お金の支出が絡んだ法律であっても財政調整法案にしていない法案や、お金の支出が絡まない法律は、財政調整法案にすることができず、フィリバスターに悩まされる可能性がある。ゆえに議員の60%以上の支持を得てフィリバスターを排除する態勢を整えないと上院を通過させることができない。
※この項の資料・・・「国際秩序の動揺と米国のグローバル・リーダーシップの行方」 (公益財団法人日本国際問題研究所 令和3年度米国研究会)における第8章「バイデン政権とアメリカ議会:拮抗する上院でいかにフィリバスターを回避するか」梅川健の64~65ページ。
その他
大統領が外国と締結した通商協定について、大統領が貿易促進権限を行使して、上院に承認を求めることがある。上院における審議時間は20時間に制限されている。
上院は、行政機関によって導入された行政規則を導入後の60日以内に審議できる。1995年議会審査法で定められている。
国家緊急事態を終わらせるかどうかの審議は指定された時間内で終わらせることができる。1976年国家緊急事態法で定められている。
大統領に軍隊の撤退を求めるかどうかの審議は指定された時間内で終わらせることができる。1973年戦争権限法で定められている。
アメリカ合衆国の議会が開かれる建物をアメリカ合衆国議会議事堂(United States Capitol)という。
外見はこんな感じで、真っ白であり、高さ88m(29階建てビルと同等)のドームが特徴的である。首都ワシントンD.C.の中心地をナショナル・モールというのだが、そのナショナル・モールの東端のこの場所に位置する。
議事堂のことをCapitol(キャピトル)というのだが、これはアメリカ合衆国独特の呼び方である。英国では議事堂のことをthe House of Parliamentと呼ぶ。Capitolの語源は、古代ローマのカンピドリオが由来である。
議事堂は、外見が古代ローマ風であり、呼び名も古代ローマ風である。建国当時のアメリカ人が古代ローマに憧れていたことがよく分かる。建国当時は独立戦争の直後で、英国と喧嘩別れしたばかりであり、英国から遠く離れた古代ローマを理想郷とすることで英国と決別する狙いがあった。
議事堂の地図はこうなっており、中央にロタンダ(円柱の建物)があり、その上にドーム(丸屋根)が乗っかっている。ロタンダとドームがど真ん中にそびえ立っていて、それよりも北側が上院の使用する区域であり、それよりも南側が下院の使用する区域である。上院の区域にはSenateとかSという名前が付いている部屋が多く、下院の区域にはHouseとかHという名前が付いている部屋が多い。英語版Wikipedia記事の画像を見ても、「S」とか「H」という名前の部屋が多い。
議事堂の北のこの場所にはラッセル上院議員会館があり、議事堂の南のこの場所にはキャノン下院議員会館がある。
上院の本会議場は、青を基調としており、絨毯が真っ青で、議長席の後ろに真っ青なカーテンがある(画像1、画像2)。机や椅子は木材そのままの色である。
下院の本会議場も青を基調としていて、絨毯が真っ青である。ただし、議長席の後ろには星条旗が垂らされていて、そこが上院との違いである(画像1、画像2)。また、議員定数が上院の4.35倍なので、机や椅子の数が圧倒的に多い。
Wikipedia記事
- アメリカ合衆国上院
- アメリカ合衆国議会議事堂
- Filibuster
- Filibuster in the United States Senate
- Cloture
- Nuclear option
- Standing Rules of the United States Senate
- Reconciliation (United States Congress)
公式ウェブサイト
共和党と民主党のSNS
- ウィルソン・フィリップス上院議員(漫画『ジョジョの奇妙な冒険』に登場する)
脚注
- *ちなみにイギリスの上院は貴族院(House of Lords)と呼ばれ、Senateとは呼ばれない。
- *ちなみにイギリスの議会では議長が投じる決裁票のことをキャスティングボート(casting vote)という。
- *ちなみにクロスボーティング(cross voting)に似た政治用語としてクロスオーバーボーティング(crossover voting)というものがある。こちらは、アメリカ合衆国大統領選挙の候補者選出レースにおいて、ある人物が、支持しない政党の開放型予備選挙へ乗り込んで好みの候補者に1票を投票することをいう(記事)。開放型予備選挙とは、参加するのに党籍を必要としないものである。
- *2010年12月10日にバーニー・サンダース上院議員がジョージ・W・ブッシュの富裕層向け減税を維持する法案に反対するため8時間37分の長時間演説を行った(動画、記事)。ちなみに、史上最長の長時間演説は1957年8月28日にストロム・サーモンド上院議員が記録した24時間18分である(記事1、記事2)。
- *クローチャー(Cloture)の語源は、「何かを終わらせる行為」という意味のフランス語のクローチャー(Clôture)である(記事)。
- *退職の意向を示したのはサンドラ・デイ・オコナー判事で、やや保守寄りの中道的な判事と見られる判事だった。他界したのはウィリアム・レンキスト判事で、保守的と見られる判事だった。
- *このとき上院は共和党が55議席で民主党系が45議席だった。14人のギャングのうち7人の共和党議員が造反すれば共和党が48議席になりニュークリアオプションを行使できなくなる。14人のギャングのうち7人の民主党議員が造反すれば共和党が62議席になり民主党がフィリバスターを行使できなくなる。
- *承認されたのはジョン・ロバーツとサミュエル・アリートで、いずれも保守的な思想を持つと見られていた。
- *ロイター通信は「民主党が上院規則を変更した」と表現しているが(記事)、厳密には上院規則第22条は全く変更されておらず(上院規則のⅩⅩⅡを参照)、上院規則第22条を公然と無視するニュークリアオプションを実行しただけである。
- *オランダ語のvrijbuiterはvrijとbuiterが結合した言葉である。オランダ語のvrijは英語のfreeに相当する。
- *「米国の予算審議プロセス(Ⅰ)」(みずほリポート2005年6月15日 みずほ総合研究所 鈴木将覚)13~14ページ
- *1917年~1975年の規則は「出席者の3分の2以上」で、1975年以降の規則は「議員の60%以上」である。定員100人で、2人が他界して欠員となっていて、議場に出席しているのが90人だったとすると、「定員は100人、議員は98人、出席者は90人」ということになる。
- *ビル・クリントン政権の1996年個人責任・就労機会調整法、ジョージ・W・ブッシュ政権の2001年経済成長・減税調整法、同じくジョージ・W・ブッシュ政権の2003年雇用・成長・減税調整法、バラク・オバマ政権の2010年医療保険・教育調整法(オバマケア法)、ドナルド・トランプ政権の2017年税制改革法、ジョー・バイデン政権の2021年米国救済計画法が、通常の法律ではなく財政調整法として成立している。いずれも政権の看板となるような重要な法律である。
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